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    カテゴリ:スポーツ > 相撲



    (出典 安青錦の大関昇進を協議へ 審判部、優勝求める意見も(共同通信) - Yahoo!ニュース)


    安青錦の初優勝、本当におめでとうございます! 九州場所の千秋楽での優勝決定戦では、豊昇龍という強敵を相手に堂々たる勝利を収めました。

    1 ニーニーφ ★ :2025/11/23(日) 17:43:30.30 ID:VEBFqMXv9
    <大相撲九州場所>◇千秋楽◇23日◇福岡国際センター

     関脇安青錦(21=安治川)が、初優勝を果たした。本割で大関琴桜を破り、12勝3敗。優勝決定戦では横綱豊昇龍も破った。
     初土俵から所要14場所での優勝は、尊富士の10場所に次ぐ史上2位のスピード記録(付け出し除く)。21歳8カ月での初優勝は、年6場所制となった1958年以降初土俵では、白鵬の21歳2カ月に次いで3位の年少記録になった。
     ウクライナ出身力士の優勝は初めて。優勝力士輩出国としては日本、米国、モンゴル、ブルガリア、エストニア、ジョージアに続いて7カ国目となった。
     安青錦は優勝と同時に初の殊勲賞と3度目の技能賞を受賞した。
    https://news.yahoo.co.jp/articles/83c5553ab6a678dfb8af368b814ed8dc50a4360d
    日刊スポーツ

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    秋場所千秋楽では、大の里が素晴らしい戦いを見せ、見事に5度目の優勝を飾りました。

    1 ニーニーφ ★ :2025/09/28(日) 17:41:34.18 ID:x7u/eG9m9
     ◆大相撲秋場所千秋楽(28日・両国国技館)

     横綱・大の里(二所ノ関)が2場所ぶり、5度目の優勝を果たした。1敗で単独首位の大の里は、結びの横綱決戦で2敗で追う豊昇龍(立浪)に敗れ、両者が13勝2敗で並び、優勝決定戦にもつれ込んだ。決定戦では、大の里が勝ち、栄冠をつかんだ。大の里は昇進2場所目で横綱初V。5度の賜杯は、元横綱・大錦、元横綱・朝潮、元横綱・柏戸、元横綱・琴桜、元横綱の三代目・若乃花、元大関・魁皇の6人と並ぶ。

     今場所は4日目に東前頭2枚目・伯桜鵬(伊勢ケ浜)に不覚を取ったが、強烈な当たりで対戦相手を圧倒する相撲を展開した。横綱に昇進した先場所は、押せないとすぐに引いてしまう悪癖が出てしまい、11勝4敗に終わった。しかし、今場所は見事に修正。相手によっては、受け止めてから出るなど安定した強さを見せた。

     ◆大の里 泰輝(おおのさと・だいき)本名・中村泰輝。2000年6月7日、石川・津幡町出身。25歳。日体大3年時にアマチュア横綱となるなど、数々のタイトル獲得。23年夏場所、幕下10枚目格付け出しで初土俵。わずか4場所で24年初場所新入幕。同年夏場所で初優勝。25年春、夏場所と連覇を達成し、横綱に昇進した。192センチ、191キロ。

    https://hochi.news/articles/20250928-OHT1T51144.html

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    元横綱・白鵬が宮城野親方としての道を閉ざすことに決意したというニュースは、多くの相撲ファンにとって衝撃的な出来事です。彼の功績や影響力は計り知れず、今後の相撲界に与える影響とともに、彼自身の新たな挑戦に期待が寄せられます。

    1 THE FURYφ ★ :2025/05/30(金) 04:06:56.68 ID:3xhI0uww9
    元横綱・白鵬の宮城野親方(40)が、日本相撲協会に退職届を提出していたことが29日までに分かった。関係者によれば協会側は受け取らず
    保留扱いにしており、週明けの6月2日に臨時理事会を開いて閉鎖中の宮城野部屋の今後について協議する予定。ただし、宮城野親方の決意は
    固いようで、このまま相撲界から離れることが濃厚だ。

    宮城野部屋に近い関係者によれば、宮城野親方は夏場所中に退職を決意し、既に後援者やスポンサー関係者にその意向を伝えているという。
    所属する伊勢ケ浜部屋の25日の千秋楽のパーティーでは、角界を離れる意思がないことを口にしていたが、同関係者は大の里の横綱昇進セレモニーに
    水を差さないようにするための配慮だったと見ているようだ。

    昨年4月に弟子の元幕内・北青鵬(すでに引退)の暴行問題の責任を問われ、他の弟子たちとともに伊勢ケ浜部屋の所属となって1年。
    部屋の再興の時期がまったく見通せず、さらに伊勢ケ浜部屋の師匠が伊勢ケ浜親方(元横綱・旭富士)から折り合いの良くない照ノ富士親方(元横綱)に
    代替わりすることも引き金になったようだ。関係者は「現役時代の実績も指導者としてのキャリアも、自分より下の照ノ富士親方のもとで、親方業を続けることが
    納得できなかったのではないか」と胸中を推察した。

    協会は6月2日に臨時理事会を開いて宮城野部屋の処遇を協議する予定。そこで宮城野親方の伊勢ケ浜部屋からの転籍を話し合うことも考えられる。

    ただ、関係者の中には「タイミング的に遅い。親方の決意は固い」という声もある。伊勢ケ浜親方と照ノ富士親方は6月9日に名跡を交換する予定のため、
    ある関係者は「その時に退職届を再度、提出するのではなないか」と指摘した。

    宮城野親方は6月3日にモンゴルで行われる父ムンフバトさん(故人)の顕彰式に出席する予定で、近日中に離日するとみられている。最多幕内優勝45回を誇る
    大横綱の動向に注目が集まる。 

    https://news.yahoo.co.jp/articles/e8fbee11778113abfa2452b64dce264642ec6fe0

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    大の里 大関で初優勝、3場所ぶり3度目の賜杯…決定戦で高安を破り荒れる春場所制す、夏場所は綱取りも
     大関・大の里(二所ノ関)が3場所ぶりの3度目の優勝を飾った。3敗で並走していた東前頭4枚目・高安(田子ノ浦)が小結・阿炎(錣山)に勝ち、大の里も、大関…
    (出典:)



    (出典 大の里「次に向け一層頑張る」 優勝一夜明け会見 大関昇進、25日正式決定 - 産経ニュース)


    大の里の初優勝は、力士としての成長を象徴する瞬間です。春場所を制したことで、夏場所へのプレッシャーもあるでしょうが、その実力で綱取りを目指す姿を応援したいですね。

    1 征夷大将軍 ★ :2025/03/23(日) 17:37:09.81 ID:qpktcHLv9
    ◆大相撲春場所千秋楽(23日・エディオンアリーナ大阪)

     大関・大の里(二所ノ関)が3場所ぶりの3度目の優勝を飾った。3敗で並走していた東前頭4枚目・高安(田子ノ浦)が小結・阿炎(錣山)に勝ち、大の里も、大関・琴桜(佐渡ケ嶽)を下し、優勝決定戦にもつれこみ、大の里が勝利し賜杯を抱いた。夏場所は綱取りとなる可能性が浮上した。

     大の里は前に出て圧力をかける取り口で12日目まで2敗を守り、13日目に、関脇・王鵬(大嶽)に負け、高安に1差をつけられたが、14日目に関脇・大栄翔(追手風)に勝ち、高安が敗れたため、3敗で首位に並び、千秋楽を迎えていた。

     大の里は2000年6月7日、石川県出身の24歳。日体大時代、学生横綱、アマチュア横綱などのタイトルを獲得。23年夏場所、幕下10枚格付け出しでデビュー。幕下を2場所、十両を2場所で通過し、24年初場所で新入幕。同年夏場所には幕下付け出しから歴代1位のわずか6場所で12勝3敗で初優勝。同年秋場所、13勝2敗で優勝し、大関に昇進した。

    https://hochi.news/articles/20250323-OHT1T51119.html
    2025年3月23日 17時32分
    スポーツ報知

    【【大相撲千秋楽】大の里 大関で初優勝、3場所ぶり3度目の賜杯…決定戦で高安を破り荒れる春場所制す、夏場所は綱取りも】の続きを読む


    照ノ富士の供養に訪れるなんて、本当に心温まる話ですね。歴史的な事件に思いを馳せることも大切です。

    1 仮面ウニダー ★ :2024/04/14(日) 12:26:27.30 ID:CCqk7A1y
    持田 譲二(ニッポンドットコム)

    およそ750年前、日本と元が対立する中で、元の使者5人が鎌倉幕府の手で問答無用とばかりに斬首される悲劇が起きた。
    非戦闘員の外交使節が犠牲になったことに日蓮は心を痛めた。
    5人を悼む心は今も日本とモンゴル両国の間で引き継がれ、モンゴル出身の力士がたびたび、ある寺を供養に訪れている。
    ー中略ー

    ・禁じ手
    事件が起きたのは、元が初めて日本に侵攻してきた「文永の役」の翌1275年のことだ。蒙古人の杜世忠を代表とし、副使や書状官、
    通訳官らから成る5人の使節団は、長門国(現在の山口県)に到着すると、鎌倉に送られてしまい、
    龍ノ口処刑場(現在の神奈川県藤沢市)で斬首された。

    戦後間もない使者派遣の意図について、歴史家の間では、元は「2度目の侵攻もあるぞ」と威嚇しに来たのではとの見方がある半面、
    「征服ありきではなかった」(※1)との説も存在する。いずれにせよ言えるのは、当時の執権・北条時宗が率いる鎌倉幕府は、
    5人が携えたメッセージを握りつぶして斬ったということだ。4年後にも別の使者を殺害している。

    侵攻を受けて、犠牲者を数多く出した幕府としては、「元と戦う立場を明らかにする必要があったかもしれない」
    (鎌倉歴史文化交流館の大澤泉学芸員)。だが、敵国から送られて来たとは言え、使者を殺害するのは許されない禁じ手だ。

    大澤氏は、当時の元が再び攻めてくるのは既定路線だった可能性を指摘しつつも、
    「使者を斬首されたことで元が受けた衝撃は大きかったと推測される。結果的に選択肢として妥協の余地がなくなったのではないか」
    と言う。事件から6年後、元は「文永の役」よりも、はるかに大規模な軍勢で攻めてきた。「弘安の役」である。

    ・「科(とが)なき蒙古の使い」と日蓮
    当時、龍ノ口で処刑された罪人の亡きがらは、川に流されることもあれば、身分の高い者の場合は
    近くの「誰姿森(たがすのもり)」に埋葬されていたと言われる。この森に向かって、地元の民は手を合わせて弔うようになり、
    回向山利生寺(えこうざんりしょうじ)が創建された。杜世忠ら5人も、この寺に埋葬され、
    後の時代に常立寺(日蓮宗)と改められた。

    鎌倉幕府による使者斬首に真っ向から異を唱えた数少ない人物が日蓮である。幕府に事あるごとに意見し、処刑されかかったこと
    もある宗祖だ。「科(とが)なき蒙古の使の首をはねられ候ける事こそ不憫(ふびん)に候へ」と文書に記した。

    境内の句碑には、リーダー格の杜世忠が*間際に詠んだ辞世の句が刻まれている。

    「家の門を出る際、妻や子は寒さをしのぐ服を贈ってくれた。出かけて、何日で帰ってくるのか。戻って来た際には、
    使節の目的を果たして、恩賞の金の印綬(いんじゅ)を帯びていれば、蘇秦(そしん)の妻(※2)でさえ、
    機織りの手を休めて出迎えたであろう」。事態はその真逆であり、無念がうかがえる。

    斬首された使節団の中には、南宋人もいた。副使の何文著である。南宋が元の支配下に入ったが故に、
    祖国と関係ない戦に巻き込まれる運命にあった。「自分の首がはねられようとしているが、秋風のようなものだ」と詠み、
    無常観をにじませた。

    5人の墓は、5つの石を積んだ五輪塔となっている。青い布が巻き付けられているが、モンゴルでは青は尊い色と言われる。
    かつてモンゴル出身の元横綱・白鵬が訪れた際に、「英雄の証」として、青い布を掛けるように寺に頼んだのだという。

    ・「敵国人」の供養が許されない時代
    ー中略ー

    「5人の使者はただのメッセンジャー。国と国の権力者のはざまにあって、まさしく『科なき使』だった」と話す服部住職。
    過去の歴史をよく知らないモンゴルの人々も近年、寺の営みに注目してくれていると喜ぶ。
    「この寺を知ることによって、国を超えて人の死を悼む思いで共感できる場になっているのは誇らしいし、報われる思いだ」

    全文はソースから
    4/12(金) 18:56配信
    https://news.yahoo.co.jp/articles/c7af2af46903d909d603468aa5194269e69f5564

    【【蒙古襲来750年】 モンゴル出身の横綱・照ノ富士らが供養に訪れた寺、元の使者斬首の悲劇】の続きを読む

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