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    カテゴリ: アナウンサー



    (出典 sirabee.com)


    落ち込んで激やせしてしまうなんて、高橋真麻さんが心配です。2ちゃんねるの匿名性が誹謗中傷を増長させているのかもしれませんね。しっかり対策を取ってほしいです。

    1 フォーエバー ★ :2024/06/16(日) 19:27:22.17 ID:g9LLIF1v9
    6/16(日) 19:10配信

    デイリースポーツ

     俳優の高橋英樹(80)が15日放送のカンテレ「おかべろ」に、長女のフリーアナウンサー高橋真麻(42)と出演。フジテレビのコネ入社疑惑をキッパリ否定した。

    【写真】ゲッソリ激やせしていた高橋真麻の入社当時

     真麻は2004年に、数千倍の難関をくぐり抜け、フジにアナウンサー職として入社した。当時は、大スターの父の七光りと推測する声があふれた。真麻は、「(高橋英樹の娘です)とは言ってなくて。だけれども、入ってみたら、みんなにコネだ、コネだ、七光りだって言われて」と振り返った。

     続けて「今だったら『まあ、そりゃフジテレビの女子アナにしたら顔がトリッキーだし、コネって思われてもしょうがないな』とか『でも、コネじゃなくて忖度です』とか言えるんですけど、当時は急に2ちゃんねるとかインターネットとか、紙媒体で叩かれて。ブサイクだなんだってやられて」と誹謗中傷に悩んだことを吐露した。

     高橋は「2ちゃんねるなんて、見るのやめればいいのに、毎日のようにそれを見ては落ち込んでいた」と当時の愛娘の心痛を代弁。「現実には、僕はフジテレビでは一番仕事してないころで。ご縁があんまりない局で。それで選んだんですけどね」と、自身がコネの力を持っていなかったと証言した。

     「痩せましたよ。ダイエットしないのに痩せました」と心ない言葉に、痩せていった真麻を回顧。真麻は中学時代に体重75キロだったため「37キロまで落ちた。人って半分になれるんだと思いました」と苦笑した。

     当時は、イベントやロケに行くと、「わあ!細~い!」という声があがり、「それが自分の中でちょっと快感になっちゃって。私はかわいいとかキレイとは言われないけど、細いって言われる。それを褒められてるみたいな感じになって。余計にものが食べられなくなった」と話した。

     高橋は「そのときに、一番心配しましたね」と振り返った。

    https://news.yahoo.co.jp/articles/43614f8fd503441a396bfa8ba820d7c45484b9f4

    【【芸能】高橋真麻フジへのコネ入社 父きっぱり否定「一番ご縁がない局」誹謗中傷でゲッソリ激やせ「毎日2ちゃん見て落ち込んで」】の続きを読む


    名前は自分を表す一部ですから、気になるのは当然です。

    1 Ailuropoda melanoleuca ★ :2024/06/15(土) 12:32:25.85 ID:0/EnXwaQ9
     フリーアナウンサーとして活躍し、今年第二子を出産されたばかりの金井憧れさん(32)。新聞記者の父が名付けた「憧れ」という珍しい名前から、思春期は改名を考えるほど悩んだ過去もあると語ります。

     そんな金井さんに、名付けの背景から過去の葛藤、そして、自身のお子さんにも送り仮名のある名前を付けた思いなどを聞きました。(全2回の1回目/続きを読む)

    ◆◆◆

    大きくなるにつれて名前だけが目立つように

    ――自分の名前を意識しはじめたきっかけは?

    金井憧れさん(以降、金井) 小学校中学年のときにはじめてクラス替えがあって、自己紹介をする機会が増えたときに周りがザワザワしだしたんです。「あれ?」と思いつつ、それと似たようなことが中学生くらいまで続いて、「自分の名前ってそんなに人と違うのかな」と思いだした気がします。

    ――それまでは名前を意識することはなかった?

    金井 小さいときは持ち物も全部「かない あこがれ」とひらがな表記でしたし、生まれたときからこの名前だったので、変という感覚ももちろんなくて。周りからは、「あこちゃん」と呼ばれていました。

     でも、大きくなるにつれて、「“憧れ”だってよ」みたいな感じで周りの子からからかわれるようになって。名簿なんかでも、自分の名前だけフワッと浮き立って目立ってみえるんですよね。


    「憧れ」という名前の葛藤

    ――名前が出るシーンは苦手でしたか。

    金井 「憧れ」みたいに、「漢字+ひらがな」の組み合わせの名前はまずないので、名前の一覧全体を眺めていてもすぐ目に付くんです。なので、「ん? これはどの子?」となって、他のクラスの子や上級生がわざわざ見に来るとか、とにかく学校中でいったん話題になってしまうんです。

    ――送り仮名つきの「憧れ」という名前の由来は?

    金井 父がこの名前を考えてくれたのですが、りっしんべんにわらしべで、童心を大事にする、いろいろなものに対して憧れるような好奇心旺盛な子になってほしい、という意味で名付けたそうです。送り仮名についても強い思い入れがあったそうで、ぱっと見て「どう読むの?」というクエスチョンが出ない名前にしたかったと聞きました。

     ただ、初対面の方はほぼ全員、「みんなから憧れられる存在」という意味でとらえてしまうので、思春期の頃は、「そういう存在にならなければ」という葛藤がずっとありました。

    名前を褒められるのも抵抗があった

    ――周囲から「憧れられる存在」になるためにやったことはありますか。

    金井 塾で貼り出しのある成績表で下の方になると悪目立ちすると思い、勉強を必死に頑張っていました。それ以外も、クラス委員をやったほうがいいのかなとか。でも、人をまとめられるようなキャラクターじゃないから、「得意なスポーツの方でなにかのリーダーをやったら少しイメージに近づけるのかな?」と思ったり。

    ――そんな努力の結果、筑波大付属中学・高校、そして慶應大学と、難関校に見事進学されています。

    金井 でも、「どうしてもこの学校に行きたい」というより、高校選びも大学選びも、とにかく目立たないように心がけていたんです。悪い方向でも、いい方向でも目立ちたくなかったんですね。

    ――「名前どおりだね」と言われるのも抵抗があった?

    金井 中高時代はそうでしたね。褒められたとしても名前をからかわれているようにしか思えなくて、「本当にそう思ってる?」と捉えてしまって。一番つらい時代でしたね。

    改名を本気で考えたことも

    ――金井さんは小学生時代、海外で暮らしていたこともあるそうですが、そのときはまた違いましたか。

    金井 小学校4年間、アメリカに住んでいて、みんなが「AKO」と呼んでくれたのですが、まったく名前が気にならなくなりました。なんて生きやすい世界なんだと感じて、ここでずっと生きていこう、と本気で思っていました。

    ――帰国は憂鬱だったのでは?

    金井 仲のいい子に会いたいという思いはありましたが、正直、帰国したくなかったです。ただ、そのとき、「日本ではない場所でも生きていけるんだ」と強く思ったのは覚えています。名前で悩んでいた中学時代も、結局行きませんでしたが、「いつだって留学できる」と思っていました。

    ――改名を考えたことはありますか。

    全文はソースで
    https://bunshun.jp/articles/-/71200

    【【芸能】「この名前で生まれなきゃよかった」「両親に改名を相談して…」アナウンサー・金井憧れ(32)が名前で葛藤した過去】の続きを読む


    有働由美子さんは本当に自由な人だと思います。自分のやりたいことを堂々と実践する姿勢に憧れます。

    1 フォーエバー ★ :2024/06/14(金) 17:13:50.18 ID:lk4Vo0W59
    6/14(金) 16:48配信


    (出典 newsatcl-pctr.c.yimg.jp)
    ?pri=l&w=436&h=640&exp=10800
    スポニチアネックス

     フリーアナウンサーの有働由美子(55)が14日、パーソナリティーを務めるニッポン放送「うどうのらじお」(金曜後3・30)に生出演。初めて*で散歩に行ったことを告白した。

     今月は今までやってそうでやってなかったことをやる月間だと話し出し、「いろいろ試しているんですけど、初めて*で散歩してみました」と衝撃の挑戦を明かした。

     ベランダに南国風の観葉植物を増やし、ふと「短パンにアロハっぽいシャツを着ちゃうとハワイっぽいなと」と感じたという有働。「その流れで短パンにTシャツっていうと、なんか*の方がリラックスできると思って。このままちょっと散歩に行ってみてもいいかなと思って」と思い立ち、2匹の犬を連れて散歩に行ったことを報告。そして、「やっぱ落ち着かないですね」とリラックスはできなかったことを残念そうに振り返った。

     「なんかもう、歩いてても“早く帰らなきゃ”っていう意識と、あともう全然そうじゃないんですけど、すれ違う人がみんな私の胸元を見てる気がするっていう。自意識過剰に陥って、足早に帰ってきて。結局25分は散歩すると決めてるのに、12分くらいで帰ってきた」。散歩を満喫できず、「今後、身なりはちゃんとして出かけようと思います」と決意を新たにした。

     有働には、きちんとした下着を身に着けるというポリシーがあった。過去に何度か道端で倒れた人に遭遇し、救急車を呼んだ経験があり、運ばれていく様子を見て、「いっつも、もし自分だったらと思うと、やっぱ下着ちゃんとしとかないと、あの人下着安かった。安っぽいの着てた、ほつれてるの着てたって思われんの嫌だと思って。ちょっと出かけるのにもきちんとして、“下着”はですよ」と説明。今回、ポリシーを曲げてまで“*”にトライしたものの、「今後はやめようと思う」と締めた。

    https://news.yahoo.co.jp/articles/8c9c5d6f2c146452f9bb7db13800bf61998d1ff4

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    池谷アナもオーディションに挑戦していたんですね。そんな素直な気持ちが伝わってきます。

    【モデルプレス=2024/06/08】テレビ東京の池谷実悠アナウンサーが8日、同局系「伊集院光&佐久間宣行の勝手にテレ東批評」(毎週土曜11時3分)に出演。欅坂46(募集当時のグループ名は鳥居坂46)のオーディションを受けていたことを明かした。

    【写真】欅坂オーディション、3次審査まで残った美人アナウンサー

    ◆池谷実悠アナ、欅坂46のオーディション受けていた

    この日、番組には元櫻坂46で女優の菅井友香がゲスト出演。佐久間宣行氏が池谷アナと菅井に共通点があると明かし、池谷アナが「欅坂46の1期生オーディションを受験している」と打ち明けた。

    菅井は「すごい~!あの場に一緒にいたってことですか!?」と驚きの声をあげ「最終までいたんですか?」と尋ねられた池谷アナは「3次審査まで…」と告白。佐久間氏から「アイドルになりたかったの?」と質問されると「アイドルになりたかったというよりは目立つことがしたかったんですよね」「1期生になりたかったんです!」と打ち明けた。

    オーディションの応募総数については、約2万2500人だったと紹介され、伊集院光は「その延長線上でアナウンサーになっていくのもすごい」と称賛。オーディションに落ちたことについて、「一歩間違えたら…」「惜しい!」と無念の表情を浮かべた池谷アナは「今本当に悔しくて、だから誰にも言っていない」と振り返り、菅井は「綺麗すぎたんだと思います…!」とフォローしていた。(modelpress編集部)

    情報:テレビ東京

    【Not Sponsored 記事】


    (出典 news.nicovideo.jp)

    【【芸能】テレ東・池谷実悠アナ、欅坂46オーディション3次審査まで残っていた過去告白「1期生になりたかった」「本当に悔しくて…」】の続きを読む



    小林悠さん、新しい事務所に所属するんですね!局アナとしての経験を活かして、新たな活躍を期待しています。

     元TBSアナウンサーの小林悠さんが「アンヌ遙香」として芸能事務所に所属し、芸能活動を開始することが、事務所公式サイトと本人のInstagramで発表されました。

    【画像】2016年にTBS退社 最近のアンヌ遙香さん

     6月7日更新の芸能事務所「MODEA」公式サイトでは、「この度 アンヌ遙香がモーディアに加わりました。よろしくお願いいたします」とアナウンスされた他、本人からのメッセージなども公開。

     本人Instagramも更新され、「このたび、北海道と東京の2拠点で、本格的に芸能活動をさせていただくことになりました。モデル事務所 MODEA所属にて、モデル活動やおしゃべりのお仕事などをさせて頂きます」と報告。

     「TBS時代は小林悠はるか名義でお仕事をさせていただいておりました」と、局アナ経験があることにも触れつつ、「アンヌ遙香として、大好きな故郷北海道にてこうしてまた皆様にお目にかかれることに、ワクワクドキドキしております。改めましてどうぞよろしくお願い致します」とあいさつしました。

     北海道出身のアンヌさんは2010年にTBSへ入社。「朝ズバッ!」「Nスタ」「TBSラジオたまむすび」などに出演するも、2016年に健康上の理由で依願退職しています。

     TBS退社後に結婚。アロマセラピスト・美容家の「アンヌはるか」名義で活動していました。

    画像はアンヌ遥香Instagramから


    (出典 news.nicovideo.jp)

    【【芸能】2016年にTBS退社の小林悠、「アンヌ遙香」名義で事務所所属を報告 局アナ経験にも触れる】の続きを読む

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