スゴいです。

 2019年6月の「闇営業」報道によって、社会的信用を一気に失ったカラテカ入江慎也氏。あまりのショックから一時期は、体も頭も働かない氏だったが、“ある人物”との出会いをきっかけに事態は好転する。

 芸能界を引退した彼が、「お掃除のプロ」として再起できたワケとは? 痛恨の自省録『信用』より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む)

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地に足をつける

 僕はまた部屋に閉じこもるようになっていた。カーテンの隙間から差し込む8月の光はやけにまぶしく、気持ちがさらに落ち込んだ。

「そろそろ前を向かないと……」と思うのだが、頭も体も動かなかった。

 ありがたいことに、僕を気遣ってくださり、新しい仕事に誘ってくださる方もいた。

 たしかに、このままこうしていても何も変わらない。失ってしまった社会的信用も、世間の僕を見る目も変わらない。

 でも、いったい何から始めたらいいんだろう。

 矢部からは「地に足をつけて、できることから頑張っていったらいいと思う」と、言われていた。地に足をつける。これまでの僕は地に足がついていなかったんだろうか。

「入江、大丈夫か? お前、最近フワフワしてるぞ」

 放送作家の鈴木おさむさんの言葉がよみがえってきた。僕が人脈を武器に仕事をし出した頃から、そんなふうにたびたび注意されていた。

 今田耕司さんもそうだった。

 僕が社長さんたちとのお付き合いの中で、派手なブランドものの服を着始めたとき、僕の変化を素早く感じ取り、「もう少し自分の見られ方を考えたほうがいい」と忠告してくださった。

「お前が後輩を社長さんとの食事会に誘うのは後輩のためやない。お前が社長さんの前でええカッコしたいだけや」とも言われていた。

 僕は「そんなことありません。皆、喜んでくれてます」と即座に否定したが、今思えばその言葉の通りだった。

 今田さんはずっと「入江は脇が甘い。注意せなアカン」と言い続けてくださっていたのに、僕はずっとその言葉を無視し続けた。

好きだったこと

 進むべき方向も見つからず、時間ばかりあるので、僕は毎日、部屋の掃除をしていた。

 これまでしたことのない細かな場所、隅々まで丁寧に。コントの衣装や台本などは、芸人を辞めた僕には「もう必要ない」と、思い切って捨てていった。

 寂しくはあったが、ガランとした部屋を見渡したら、意外にも気持ちが少しすっきりしているのを感じた。「掃除って、なんか気持ちいいな」と思った。

 子供の頃、ボーイスカウトでゴミ拾いのボランティアをしていたことも思い出した。結構楽しくて、夢中になってゴミを拾った。

「またやってみようかな」と、それから毎朝、家の周りのゴミを拾いに出るようになった。

 小さい頃、ゴミ収集車を見るのが好きだったことも思い出した。

 ポイポイと投げ込まれるゴミの袋がおもしろいように車の中に吸い込まれていく。それをいつも、ワクワクしながら眺めた。

 焚火でゴミを燃やすのも好きだった。

あれ? 俺は掃除が好きなのかもしれないな」と思った。

「掃除って、すごいかもしれない」

 ある日のことだった。新たな一歩を探して外に出ることにした僕は、渋谷駅前でゴミ拾いをしている人たちを見つけた。

 次の瞬間には、その人たちに「今から参加できますか?」と声をかけている自分がいた。「何かできることをやろう」「新しいことを始めよう」という気持ちが自分の中にたしかに湧いてきているのを感じた。

 ボランティアでゴミ拾いをしているという彼らの仲間に入れてもらい、無心で目の前のゴミを拾っていった。

 最後に全員集まって、一人ひとり自己紹介をすることになった。

「今日、初めて参加しました、入江です」と言って、マスクキャップを取ったら、全員が目を丸くして、「入江さん!」「なんでいるんですか!」と驚きの声を上げた。

 その翌月のゴミ拾いにも参加した。「やっぱり、掃除が好きだなあ」と思った。

 掃除はその場をきれいにするだけでなく、掃除をする人間の気持ちもすっきりきれいにしてくれる。きれいに掃除された空間を不快に思う人もいない。掃除を通じて皆、清々しく、いい気持ちになる。

 掃除って、すごいかもしれない。

 汚かったところがきれいになる、自分がやったことの成果がその場ではっきりとわかる。やり甲斐や達成感も大きいはずだ。

 これからの第2の人生、新しいことにチャレンジするのなら、そういう仕事がいいんじゃないかと思った。

面接

 僕は早速、ネットで清掃のアルバイトを募集している会社を探し始めた。吉本の先輩の中には清掃の会社を経営している人もいた。働いているのもほとんど芸人で、環境的に僕にはうってつけだった。

 でも、今の状況で安易にこれまでの人脈に頼れば、また迷惑をおかけしてしまうかもしれない。人脈で失敗した以上、人脈に頼るのではなく、今の自分の力で一から始めてみようと思った。

 家から近いところにしようと、「目黒区 清掃」で検索してみた。仕事場が家から遠いと、行くのが億劫になってしまうかもしれない。僕は自分を信用できていなかった。

 検索して、最初にヒットした会社に早速、電話をした。応対してくれたムライさんという方がその店舗の代表ということだったが、若そうな声だった。

 アルバイト希望ということを伝えると、すぐ面接をしてくれることになった。

「現場終わりなので、会社じゃなくていいですか? 履歴書もいらないので、とりあえずお会いしませんか」ということで、翌日、指定された時間より少し前に、待ち合わせ場所の喫茶店に向かった。

 しばらく待っていると、胸に『おそうじ本舗』というロゴが入った青いポロシャツを着た男性が入ってきた。

ムライさんですか? 入江です」と声をかけると、「え! イリエって、あの入江さんですか!」と、驚かれた。

 聞けば、ずいぶん前からアルバイト募集の広告を出していたのだが、まったく応募がなかったそうだ。初めてのアルバイト希望者が僕だったらしい。

 ムライさんは芸人が大好きで、お笑い番組もよく見ているということだった。それなのに、騒動のことなどにはまったく触れず、清掃の仕事の説明を丁寧にしてくれた。

 オフィスや倉庫、店舗などの他に、個人宅にも行くこと。エアコンやガスレンジ換気扇、浴室など、特殊な洗剤や機械を使うため、現場でそれを覚えていくこと、などなど。

「何か質問はありますか?」と聞いてくれたムライさんに僕は言った。

「清掃の基礎を教えていただいて、2カ月で独立したいんです。2カ月限定で働くということでもいいでしょうか?」

 何を血迷っていたんだろう。雇っていただこうとしていながら、辞める前提で自分勝手に話を進めた。今思えば、ムライさんに対してものすごく失礼だし、恥ずかしい限りの質問だが、僕は大真面目だった。

 ムライさんは嫌な顔もせず、

「2カ月でも、死ぬ気で頑張れば、覚えられると思いますよ」と、真っ直ぐに僕を見て、答えてくれた。

「ただ、僕は入江さんより年が7つ下で、社員が1人いるんですけど、彼も入江さんより年下です。それでも大丈夫ですか?」

「まったく気にしないです」

 それで決まった。2日後から働かせてもらえることになった。

新しい一歩

 ムライさんのところでは結局、1年働かせてもらうことになった。なぜ、あのとき「2カ月で独立」などと言ったのか。

「何かしなくちゃ」「世間の人に認めてもらえるようなことを早く始めなきゃ」と焦っていたのは事実だ。

 肯定的に考えるとすれば、それまでの僕は「目標設定」を大事にしていた。

 何かをするとき、「いつまでにどうなる」という目標をもって始めるのと、何も考えずに始めるのとでは大きな差が生まれる。

 同じ作業をするのでも、目標があれば、それに向かって、必要な情報を自分から取りに行くことができる。どんどん経験や知識が蓄積され、目標に近づくごとにモチベーションも上がっていく。

 目標がなければ、ただ漫然と作業を繰り返すだけだ。そんなことは時間の無駄だと思っていた。

 芸人の後輩たちにも「ただ生活のためにバイトをするのはやめろよ。そういう時間があるなら、ネタをつくったり、先輩と遊んだりしたほうがよっぽど芸人としての役に立つ。同じバイトをするなら、ネタを探すつもりでやれよ」と、よく言っていた。

 将来が何も見えていなかった自分を奮い立たせる意味で、このときも「2カ月で独立」なんていう、とんでもない目標を瞬間的に立ててしまったのかもしれない。

 もっとも、「42歳にもなって、新しくアルバイトを始めるなんて……」という変なプライドもあったと思う。

 何はともあれ、僕はようやく一歩を踏み出すことになった。

(入江 慎也/Webオリジナル(外部転載))

闇営業報道によって何もかも失ったカラテカの入江慎也はなぜ立ち直ることができたのか? ©getty


(出典 news.nicovideo.jp)