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昭和が残っている。

1 征夷大将軍 ★ :2022/05/18(水) 10:36:45.21

現代ビジネス5.18
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/95325

■「ベースボール」と「野球」
その違いを言葉で表すと、どうなるのだろう。メジャーリーグを見にボールパークに行くと目につくのは、父と子、祖父と孫という世代を超えて一緒に見に来ている多くのファンだ。

彼らは応援する地元チームのキャップをかぶり、ユニフォームを着ている。そして手にはグローブ。バックネット以外は日本の球場のようなネットや金網が基本的にはないので、ファールとなった打球がスタンドに飛び込んでくるのだ。だから観客の多くはグローブを持参して、ボールの行方から常に目を離さず、ボールが飛んで来たら自分で取るのが当たり前なのだ。

ボールパークではベースボールは、“見る”だけのものではなく、観客も“参加”するものなのだ。

日本のプロ野球でも、最近は帽子やユニフォームなどのファン・グッズが充実し、ファンも地元チームのウェアで身を固めて熱狂的に応援する。それは日米とも同じなのだが、違いが幾つかある。

日本では、選手たちが着ているのとは違う独自のデザインのユニフォームも売られていて、思い思いのウェアで楽しんでいる。しかしそれって、ユニフォーム(アメリカではジャージと呼ぶ)を愛する者としては、チームのユニフォームに対するリスペクト(敬意を表する)が足りないのではないかと感じる。

また、トランペットや太鼓の音と共に熱狂的に騒いで応援するのもいいのだが、まるで自分たちが主役として独自に騒いでいる“お祭り”のようで、野球の一瞬一瞬のプレーを見ているのかなと思うこともある。

オフシーズンに日本で開催される日米野球やMLB日本開幕戦なども球場で数多く観戦してきたが、そこでは鳴り物入りの応援が行われない。

投手の投げたボールがキャッチャーミットに入る瞬間の音や、ヒットを打った瞬間の打球音がクリアに聞こえて、野球観戦の醍醐味を思い起こさせてくれる。日米のファンの観戦スタイルの違いもまた、ベースボールと野球の違いのように感じる。

■「昭和」から抜け出せない野球のイメージ
中学や高校の野球部員の丸刈り頭。「丸刈り」と「汗と涙」と「甲子園」が当たり前のセットのように私の頭にも刷り込まれてきたが、なぜ野球部員には丸刈りが求められるのか。先輩と後輩の厳しい上下関係と、監督と選手の主従関係。私も体育会の世界にどっぷり浸かってきただけに、その良さも理解できるが、それも“昭和の時代”の名残だろう。

息子がアメリカの高校に留学しベースボールをしていた時に、何度か現地まで応援に行って驚いた。選手たちは打席でメジャーリーガーのようにガムを噛んでいる。日本では、プロ野球選手でも試合中にガムを噛んでいたら批判されかねない。

試合が終わって選手たちがダグアウトに引き上げて来た時、チームの監督はグラウンド整備をしていたが、選手たちは帰宅の準備をしていて手伝わない。日本では試合が終わればベンチ前に選手が集合して監督の話を聞いた後、グラウンド整備をするのは選手たち(主に下級生)だ。

アメリカではあくまで選手ファーストで監督中心ではない。先輩・後輩の上下関係もなく、一緒にベースボールを楽しむチームメイトだ。

ちなみに、アメリカの高校野球には全国大会はない。州のチャンピオンを決めてシーズンは終わる。いつもはリーグ戦を行い数多くの公式戦を戦うので、1人のエース・ピッチャーが連投することもまずない。アメリカの高校野球では多くの選手がふつうに投手も野手もやり、いわば二刀流が当たり前なのだ。

二刀流どころか、アメリカの高校生のスポーツは野球も含めてシーズン制なので、野球が行われないシーズンには、バスケットボールやアメリカン・フットボールをすることも当たり前だ。

アメリカではメジャーリーグでも高校野球でもそうだが、ベースボールは“点をとる”スポーツなのだ。打者は打てると思うボールが来れば、初球からでもフルスイングする。3ボール・ノー・ストライクでも、日本では当たり前のファーボールを狙って1球待つなんてことは基本的にはしない。

アメリカ野球でも、ピッチャーというポジションが勝利の行方を占う大きなポイントであることに変わりはないが、フルスイングしてヒットをかっ飛ばし得点を重ねるというのが、ベースボールの醍醐味なのである。

私にとってのベースボールは、色で表せば、青い空と、緑の芝と、生ビールの黄色といったところか。それに対して野球は、グラウンドの土色と、ナイターのカクテル光線と、各球団の応援旗の色だ。

ベースボールが明るい色なのに対して、野球の色は何だかくすんでいるように感じるというのは言い過ぎだろうか。

※長文の為一部略